すきなこときらいなこと

日常をそのまま

変化

 

私まだまだよく分かってない。
分かりたいけど分かること頑張ったらさらに理解は遠のくみたい。

 

また惹かれるように文献に取り憑かれて読み漁ってるし、普通なら理解もできないし訝しいくらいのものなのに、なぜか腑に落ちまくってる。

 

これから世の中はいい方向に向かうんだって、よく分からないけど。

 
個人レベルの変化は良い悪いどちらかわからないけど

全体的な良い変化であるなら

どっちでもいいから変化は受け入れるよ。
しかしあわよくば個人レベルでもいい変化がいいす。笑
だって人間だもの〜


とか言ってたら本当に大好きだった彼に振られて三日三晩泣きまくってた笑
いやどんな変化も受け入れるよって言ったけどさ笑
まじかよ笑
おかげでほとんど飯食えないんすけど笑
体の状態が今までと違うくて
起きた瞬間心臓ばくばくしてたり異常に汗かいてたり

体全体に微妙な痛みがあったり。
さらにまた去年の感じがわずかにあるからまたあのキツさ乗り越えなきゃいけないんだろうかとか少し不安だけど
なんとか瞑想とかして安心してる

 

今日は瞑想したら泣けてきたし

感謝の気持ちがとてもわいてきた。

なんか信頼できそう。

この悲しい変化は信頼した結果でしょ?

 

あとちょっとな気がする

またか

彼に振られました。

また振られたよ、こんな短期間に二回も振られるってさすがにもともとない自信がさらに無くなっていくな。

わたしの魂はさらに濁ってゆく。

 

 

お互い間違いなく楽しかったのに

友達と彼女は違うらしい。

こんなに簡単に縁は消えてしまうんだ。

数ヶ月前には彼のひたすら考えたという決死の思いを聞いたはずだったけど

今や真逆の結果がうまれててもうわたしは

この世界についていけないや。

 

 

なんだろうなぁ。

今まで割ときつい道通って来たと

思っててさ、

やっと幸せに近づけたかなぁ

もうそろそろ明るい道歩けそうだな

今幸せだなって

思いはじめてたのに

.....こうなるよなぁ。

期待をどんどんへし折って行くような人生だ。

さすがにもう愛されたいよ。

 

振った人たちみんな、きらいになった訳じゃない、好きだけど

って同じこと言う。

はいはーいって感じよね。

 

かなしくてつらくてくるしい。

幸せは感じにくいくせに

不幸せはありありと感じる。

 

たしかにいい方向に行くならいい変化も悪い変化も受け入れるって言ったからさ

どうか、どうか

全体がいい方向へ行く一つの事象であったならばわたしは救われるよ。

 

このゲーム飽きた


もうほんまええっておもんないって
このゲーム飽きたってーーー

初期値もっと高かったら没入できるんやけどなぁ。

まぁでもパーティ組んでくれてる人が能力値高めでありがたいけどさ。

 

もう無理しないけど

地に足つけて〜〜(無理)

 

なんかスッキリしない
わかりそうでわからん
もっとこう、簡単なものを難しく考えてるような気がする

 

なにものでもないし
この思考も別に私のじゃないし
てか私なんていないし
でもやっぱりこれって精神の物質主義者(笑)
うぜーなぁもうええって言ってるやん
深刻になりすぎー
たのしくいこーよ


ねえもう10月7日なんやけどここ最近時間の流れ早すぎない?
単に感覚的なものとは思えないくらい早いね。

 

傲慢な人たち


秋学期から授業毎日割とフルに近く入ってるのがものすごく負担。
そして教室が非常に狭い。
去年までは自由参加だった授業が
今年は出席点が卒業試験の点数に組み込まれることになり、実質出席しなければならない事態に。
教授の授業は専門的すぎて国試にそのまま繋げられない。
もう本当に、この大学の国試合格率下がるんじゃないかってくらい時間を取られててみんな辟易。
そのうち、授業改善のため数名が表立ってくれて、学部の賛成者の署名を集める事態に。
結果、教室がちょっと広くなった笑
え、そっち?笑

 


もう本当に、授業が困ると
その話を彼に電話した時にしてたんだけど、
自分が言いに行けばいいやんとか言われて驚いた。
私がそのようなことをするタイプに思えるか?
何かを改善しようとする勇気を尊重せず、重箱の隅をつつくような批判をコソコソとする人たちを見てそれはできないわ。
今まで授業さいあくーとかいってたのにね。

 

まぁ彼にできたとして、私にはできないことは一目瞭然であってその上でその言葉をかけてきたんだろうから意地悪だよなぁ。
そんな意地悪に本人は気づいていないからタチが悪い。
人にはそれぞれ向き不向きがあって、それを生かしてみんなが感謝しあって補えあえばちゃんと世界はつくられるのに、どうしてか今の世界は一つの事を正しくて一番だと思うんだ。ばかじゃないの。
傲慢すぎる心ない言葉ばかり吐ける人間たち。
そんな人間の醜悪な部分が本当に目につくタチ。

醜悪な部分を持つのは私も例外ではないよ。

しかしどうして自分は他の人とは違って

心ない言葉がここまで真っ直ぐに刺さってしまうんだろう。

そして趣味の悪いことにさらにその言葉で自らを刺す癖がまだ残る。

ここまで人の醜悪な一面に敏感であるということは私はそこから何かを得ようとしているのは間違いないんだろうけど。

でもあまりにキツすぎて心閉じて人と距離を保たないと生きていけもしない。

とても寂しいけど、人といる方が苦しい。

本当に生きるのが苦しい。


まぁ言うなればこう気にしている以上なにか自分に原因があるって事でさ。
嫌んなっちゃうわ。
現実はいつだって中立。
今を形作っているのは他でもない私らしい。
言葉が言葉である以上真理を記すことはできないらしい。
私はその体感をした事がない。

私は真理から遠のいている?近づいている?

より良くなるならいい変化も悪い変化も受け入れるから。
全て手放す準備はいつだってできてるのに。

 

焦り

 

何者でもないと頭でわかってたって
焦燥感は消えない。

 

なんだろう、心の中に渦巻く感情。
それがなにに対して起こっているのか分からなくて。
すごく、叫びたい気分。

何かが分からなきゃならないのに分からなくてこのままじゃダメだって気がする。

 

私はいつだって大人にはなれない。
何者でもないから何者にもならない。

見当違いだ。

 

じゃあこの感情はなんだ?何に焦っている?
'世間一般の成長'に取り組んだって、それは対症療法でしかない。
根本的解決には心を落ち着ければいい?

 

もっと研ぎ澄ませて自分の心の声を聞きたくてたまらないんだけど
世の中の喧騒だとか自らの恐れ、甘えでなにも聞こえないんだよ。
それは多分今を生きられてないから。


それでも今、私は正しく生きられてる?

 

どうしてか私はあの人がすごく羨ましい。

身を削って情熱を捧げることをしてきたあの人が。

あの人は何者かになったように見える。

少なくとも私にとっては。

 

私にとって身を削ってまで情熱を捧げたい何かがあるとしたらそれは何だろう。

まだ分からないけど、そんなものを見つけたい。

早くしないと死んでしまうよ。

見つけるためには全て失ってみるのも一つなのかもしれない。

不思議な感覚


最近起き抜けにおかしな感覚がする。

起きた時の異常なさみしさ。

誰もいなくてさみしいってレベルじゃなくて

不安になるくらい大量のさみしさが襲ってくる。

例えば誰かの感情が流れてくるような。

 

一人暮らし時代、彼と離れた時に初めて起こって、しばらくなかったからストレスなのかな?とか思ったりしてたけど

今家族と住んでて彼ともお付き合いしてて多分そんなにストレスもかかってないはずなのになんでまたこの感覚が起こってるんだろうか。

 

この感覚に加えて今日は
机の上の教材を見た時、あぁ私そういえば学生だったなって
学生という役割を持ってたなって思ったり。

 

妙に人の見え方も違うくて、ラインのトーク一覧見ながら
この人は私の恋人で、この人は友達という役割を持った人って感覚を持った。

 

しばらくしたらいつも通りなんだけども、調子悪いなぁ。
誰ともこの感覚を共有はおろか、話すこともできない。ちょっと怖い。
なんなんかなぁ。

 

小さな私

 

生きづらい。

だからもうちょっと生きやすい風に思考をポジティブにと意識はしていた。

少しずつ。本当に少しずつ意識が塗り替えられていった。気がする。

でもやっぱりまだまだ生きづらくって。

 

 

最近依存心に見切りがつけたくて、それに関する文章を読んだりしていた。

何度も見たことがあるような文章なのに、なんだか今はすごく腑に落ちた。

 

 

まずは私は私を認めてあげてなかった。

それは自分の理想主義が起因しているのだけども。

そんなことは知識として分かっていたけど、認め方が分からなかった。

今までの無理矢理のポジティブの積み重ねだとか、今の恋人から受けている無意識の自分への刺激のおかげで
様々な言葉の捉え方が変わりはじめてる。

そんな中で私は認め方がやっと分かった気がする。

 

 

自分の中の小さい自分の本心がボロボロですごく頑張ってたことに気づいてあげられた。

だからイベントが起きるときは私の中の小さな私が暴れ出していた。

嫌だよーまた傷つくの嫌だよーって。泣いてた。大泣き。

でも私は成人しているから、黙れ。って知らず知らずにその子を押さえつけていた。
なんでそんなこともできないの?ゴミみたいな存在。って罵声を浴びせ続けてた。

小さな自分に気づけなくて。

 

つい数日前にその子にやっと気づいてあげられたけど
気づいた頃にはもうその子は傷だらけだった。

 

 

こんなに頑張ってたんだねって愛しくなった。
ごめんね、こんなことにボロボロになるまで私は小さな私を守ってあげられてなかった。

 

昨日、初めての人たちと会うときも、その前の数時間ずっとその子が嫌だー!怖いー!って暴れるからそうだねーってなだめてあげてた。
私が小さな私をなだめると不思議と落ち着いてくれる。
また数分したら暴れ出すから怖いよねー大丈夫だからね、私が守ってあげるからねって。伝えるとまた落ち着いてくれた。
何度もそれを繰り返してた。

 

 

やっぱり初めての人たちの中でうまくはやれなかった気はするけど、不思議といつもよりは少しだけ気にしなくなった。

小さな私はちょっと静かだったかな?笑